夜泣き石

【夜泣石】

知る人ぞ知る、豊中不動尊に伝わる不思議な石『夜泣石』

〈この石にまつわる伝説〉

話は戦国の頃、一世の風雲児、織田信長が都に上って将軍足利義昭を追い、天下制覇の一歩を踏み出した時、足利の宿将、新開摂津守村重も織田方に帰順しました。その席上、刀を抜いた信長は饅頭を突き刺し「これを食え」と差し出すと、荒木は「有難き次第に候」と一礼して這い進み、悠々とその饅頭を食しました。

信長に重用された荒木は摂津60万石の大名となり、伊丹城に在って勢威を誇っていました。

天下制覇絵を狙う信長は、荒木の豪勇を秘かに警戒しており、謀叛の胆ありと判断、突然大軍を持って伊丹城を包囲しました。荒木は座して死するよりも血路を開かんと、夜陰に乗じ、城門を開いて中央突破、暁方、島熊山付近で織田方の一部隊と遭遇戦を演じました。

まさに屍山血河(しざんけつが)、死闘を演じる中で一際目立つ若武者一人、織田の軍兵を孤剣をもってささえる間に、荒木村重は危地を脱出、主君の無事を見届けた若武者は、すでに傷ついた身を横の石に腰掛けて泰然と自決しましたが、その石を後世『夜泣石』と呼ぶ次第。

その後、慶長時代に安倍摂津守という殿様が松茸狩りの時、この石を見て庭石に好適と持ち帰らせたところ、石は夜な夜なすすり泣く為に山に帰したと言われています。

巡り巡って不動尊に祀られるようになってからは、すすり泣く声もなくなりました。

今では『夜泣きが止む』石として、「お食い初め」の際に使用する『歯固めの石』に多くの方が使用されています。

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