豊中不動尊縁起

縁起と祈り

当山は宗教法人真言宗「紫苑山豊中不動寺」と称します。

豊中市北部島熊山台地、万葉の古歌に「玉かつま 島熊山の 夕暮に ひとりか君か 山道越ゆらむ」と詠まれた風光明媚な高台に、戦後、豊中駅前市街地整備のため移転を余儀なくされた民間信仰の不動尊守護尊教会を、島熊山新住宅開発地に移転勧請し、地域の安寧発展を祈念開創された。時に昭和37年12月8日でした。

当山本尊はその昔、成田下総守が兜の八幡座に奉安していた金銅一寸八分の不動三尊像を胎内に納めた木彫尊像であります。その胎内仏は、当山開基 山階派 竹浪正義大僧正がその昔、戦後間もない深川不動尊へ復興のお手伝いにいかれた際、そのお礼として託されお祀りしております。脇佛は毘沙門天王弘法大師です。

三宝殿には観世音菩薩阿弥陀如来釈迦牟尼如来を祀り、境内には身代わり観音延命地蔵水子地蔵並に無縁精霊供養塔を祀ります。

開創以来諸堂年々に整い、参拝の香煙断ゆることなく本尊明王のご威徳いよいよあらたかに、諸佛の慈悲摂受の本願又深くして群参蹤(ぐんさんしゅう)を接しています。

明王諸尊のご加護を仰ぎ、行いを整え、信心堅固に逞しく、明るく、積極的に生きて天与の恵命を全ういたしましょう。

ご健勝、ご発展を祈ります。

朝(活)参りへのすすめ

お寺といえば、朝の勤行。

ここ豊中不動尊では、お護摩を焚いて朝の勤行をしております。功德というのは、どこにあるのでしょうか?それは、お護摩を焚いた後の「お片付け」にこそ功德があるのだと思います。

誰も見ていないところにこそ、目に見えないところにこそ

本当の功德、教えや気づきが隠されているのではないでしょうか。

さて、みなさんは、悩み事があったときは、どのように解決されてますか?

仏教では、手と足を止めて「考える」ことをすすめております。これを「瞑想」とも言います。「何も考えない」のを瞑想とは言いません。何も考えなければ、そもそも仏教も興らなかったことでしょう。

悩みがある時こそ、手と足を止めて考え、自分と向き合う時間を作りましょう。自分で時間を作ることが、悩みを解決に導くための第一歩ではないでしょうか。

日常の中ではなく、非日常である空間に身を置くことで、普段では「考えつかない」ヒラメキも得ることでしょう。

悩みごとの解決策の一つとしては、物事を「正しく見る」ということが大切でしょう。

「正しく見る」ためには、やはり身を慎む必要があります。身を慎むとは、仏教で言う「十善戒」をよく守ることになります。一般的には、人としての倫を守るのようなものです。

「朝カツ」されてみてはいかがでしょうか。
そして、朝の清々しい空気の中、お不動さんに手を合わせ、この四苦八苦ある世界を乗り越えるために、お祈りされてみてはいかがでしょうか。
当寺では、ひっそりと「朝カツ参り」をおすすめしております。(^^)

当山第一世 坂井栄信和尚 遺稿集