2023年は真言宗の開祖弘法大師空海上人が御誕生されて、1250年の節目の年にあたります。
お大師様のお言葉が性霊集に残されておりますので、ご紹介させていただきます。
性霊集とは、空海の詩、碑銘、上表文、啓、願文などを弟子の真済(しんぜい)僧正が集成したもので、10巻にもおよびます。
【身は花とともに落つれども、心は香とともに飛ぶ】
この詩は、お大師様の知人のお母様の三七日法要の際に、読まれた願文と言われています。
私たちのこの肉体は、咲き開いた花がやがて散るように、いつかは亡くなってしまうものです。
しかし、善行功徳を行った人の心(生き様)は、花の香りが散った後もすぐ消えることなく遠くまで飛ぶように、密厳浄土に昇っていく。
そしてその生き様という芳しい香りは、残された人の心にいつまでも残る。
肉体が滅びて終わりではなく、死して尚、生前の行いがその人の香り、生き様として残されたものの心に残るということに少し考えをめぐらせてみると、今後の生き方に、変化が生じてくるのではないでしょうか。
【夏月の涼風、冬天の淵風。一種の気なるも、嗔喜同じからず】
「夏の涼風や冬の淵風も同じ風であるのに、喜びや不快というように、人によって受け取り方は異なる。」
夏の涼しい風は「気持ちがいい」と言い、冬の冷たい風は「嫌だな」と言う。受け取る心によって、同じことが起きても、「良い・悪い」と決めつけてしまうのです。
元は同じ風で、ただ吹いているだけなのに。
私たちは、身なりを整えたり、部屋の掃除をしたりと、目につくところには、気をかけます。しかし、お大師様はどうでしょう。
お大師様のお言葉から出てくるのは、大体が目に見えないところのお話ばかりです
今回、取り上げた二つの詩も「香りや風」といった、目に見えない部分にスポットを当てて詠まれています。
香りや風と同じく、目に見えない自分の心に目を向け、心を整え向上させていくことが、お大師様の教えであります。
それでも私たちは、他人の欠点にはよく気がつきますが、自分のこととなると盲目になります。
また日々何気なく過ごしていると、心の汚れになかなか気がつかないものです。それは、散らかしっぱなしのお部屋のように、やがては収拾がつかなくなってしまいます。目に見えない心も同じです。低迷した心では、することなすこと全て、つまらない、面倒くさいで終わらせてしまいます。
目に見えない「心」を平安にすれば、人生は穏やかなものになります。
心を清め、人格を高めていく、それこそが、お大師様の望まれることではないでしょうか。